November 2009
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バークレーにある公立中学校の教室で授業を参観する機会があった。ハロウィーンが近かったからか、教室の天井に紙の旗が飾られていた。細い紐で繋がれたオレンジやライムグリ...
オアハカの街中には骸骨や髑髏があふれていて、人々はこの世に還ってきた死者とともに楽しく朝まで飲み明かすのだというようなことを本や雑誌で読んで、知った気になっていたのだが、実際に行ってみるとちょっと様子が違っていた。たしかに市内では、マリーゴールドの花や死者のパンや髑髏の砂糖菓子などで飾り付けたアルター(祭壇)が、ホテルやレストランや広場などに設えられていたし、晩飯の後に散歩していて、死に神やガイコツの扮装をした人たちが練り歩くパレードにも遭遇した。でも、郊外の村の市場や共同墓地などに行ってみると様子はずいぶんと違っている。派手な色の花、強い陽射し、共同墓地の外にできた仮設の遊園地、ステージでマリアッチを演奏するバンド、メスカルの匂い。たしかに陽気ではあったけれど、それは死者が眠る墓を前にした家族たちが、涙を流さないようにするための努力であるように思えたのだ。それ以来、「死者の日」のことを「ガ...
August 2008
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ギャラップという町に泊まった。あと少し西に走ればアリゾナ州である。ギャラップはいかにも街道の町という風情で、東西にひたすら長い。町はずれという言葉がこれほど似合うロケーションはそうそうないと思うほど、町の中心からルート66をかなり走り、建物がだんだんと少なくなった寂しげな場所に、予約したモーテルの看板が見えてきた。夕飯はすでにすませていて疲れてもいたから、まだ早い時間だったが、部屋に入るなりシャワーも浴びずに寝床について電気を消した。遠くで警笛のような音がする。物理の授業で習ったドップラー効果という言葉を思い出す。どこかで聴いたことのある懐かしい音だった。はじめての町なのに不思議だ。空耳だろうか。そんなことを考えているうちにいつの間にか寝てしまう。...
サンタフェで、アレキサンダー・ジラルドが設計したレストラン「コンパウンド」に寄ったという話をしたら、「カーティス・フラーのジャケットになったやつですか?」と友人に質問された。すぐに思い当たるものがなかったので答えられない。そのレコードのタイトルを教えてほしいとメールを送る。しばらくして「勘違いでした」という返事が届いた。彼が言っていたのは『サウス・アメリカン・クッキン』のジャケットのことで、ジラルドが設計したもうひとつのレストラン「ラ・フォンダ・デル・ソル」と取り違えたらしいのだ。驚いた。『サウス・アメリカン・クッキン』をあわてて探してみる。たしかにそこに写っていたのは、ジラルドに関する本でちらりと見たことのある「ラ・フォンダ・デル・ソル」のオープンキッチンだった。洒落たスリーブデザインだなとは思っていたかもしれないが、それがジラルドと関わりあるものだったとはまったく気がついていなかったのだ...
カーティス・フラーのジャケットに写っているのは、料理人とその後ろの壁に描かれたスペイン語のメニューなのだが、その文字に見覚えがある。何か他のジャケットにも使われていたはずだ。しばらく棚を探していくうちに、ようやく件のレコードが見つかった。ゲイリー・マクファーランドの『ソフト・サンバ』。やはり「ラ・フォンダ・デル・ソル」で撮影されたものだった。中にクレジットも入っている。ヴァーヴのレーベルロゴが、いつもの円ではなく、ジラルドの描いた太陽を模していることにも気づく。処分せずにおいて良かった。この手のレコードはすべて手放してしまおうと考えた時期がある。特にこのアルバムは、眠気を誘うスキャットや平坦なアレンジが、それがビートルズのカバーだからかもしれないけれど、退屈に思えた。久しぶりに聴いたとしてもその感想に変化はないだろうから、そのままジャケットを棚の前に飾って悦に入るだけにした。それにしても、ジ...
アメリカの国内線は本当によく遅れる
わかっているつもりだったのに、そのことを考えに入れずに計画を立てたら、案の定、ポートランドからサンフランシスコに飛ぶ朝一番の便が三時間近く遅れた。朝食を我慢して、到着後にまっすぐラーキン通りのリトル・サイゴンに行き、「タートルタワー・レストラン」のフォーを食べるつもりだった。結局、ポートランド空港内のコーヒースタンドで、ぼそぼそしたクロワッサンを齧る。...
バークリーのモーテルで写真を撮ろうとしたら、突然、カメラが毀れてしまった
前に「アクメ・ブレッド」の隣にある「カフェ・ファニー」で昼飯を食べたとき、通りの向こうにモーテルがあるのが見えた。サンフランシスコではなくバークリーに泊まりたいとずっと思っていたから、名前を紙ナプキンに控えておく。「ゴールデンベア・イン、サンパブロ・アヴェニュー、バークリー」。ついでに「カフェ・ファニー」の開店時間を聞いてみた。午前7時。朝食をここで食べることができるモーテルなんて、素敵じゃないか。
珍しく、そのことをちゃんと覚えていた。だから、今回はどこに泊まろうかと友人に言われ、すぐにこのモーテルの名前を挙げたのだ。広い駐車スペースを平屋の建物が回廊のように囲んでいる。建物の角の屋根には風見鶏の鶏が熊になった風向計が立っていて、隣接して二階建ての別棟もあった。チェックインを済ませ、車から荷物を下ろしているうちに、奥に見えている客室棟の壁に「QUIET...
ナツラー展が観たかったので、サンフランシスコを経由してポートランドに飛んだ
会場は「MUSEUM OF CONTEMPORARY CRAFT」というところである。はじめて訪れた街の雰囲気をまずつかもうという気はさらさらない。真っ直ぐに目的地へと向かう。とにかく一刻も早く彼らの作品の前に立ちたかったのだ。ところが、美術館は思っていたよりもかなり小さな建物で、二階に設けられた展示スペースはひと目ですべてが見渡せた。大回顧展のつもりで、滞在を延ばし遙々やって来ているから、想像と現実のあまりの落差に暫くの間は放心してしまう。気を取り直し、ガラスケースに陳列された花器や鉢を眺めてみた。総数は80あまり、ほとんどが個人のコレクションを借りたものだ。期待が一気に萎んでしまったからか、頭がぜんぜんまわらない。観ているのか観ていないのかわからない、ふわふわした視線をただ何となく注いでいるだけである。すぐに見終わってしまった。さて、どうしたらいいのだろう。...
フロントで鍵をもらい部屋に入ると、壁紙のかわりに「LA GAZZETTA DELLO SPORT」が貼りつめてあった
すぐにそれがイタリアのスポーツ新聞だとわかるのは、紙がピンク色だからということだけでなく、ずいぶん昔にサッカー好きの友人が定期購読をしていたからだ。何かに使えるかもしれないと考え、束ねてあった古いのを譲ってもらったことがある。久しぶりにそんなことを思い出しニヤリとしたけれど、長くは続かなかった。金を払ってこれから泊まるホテルの部屋が、まるで学生寮の一室みたいな見てくれであることにだんだん腹が立ってきたのだ。別に大理石のバスルームや革張りのソファが欲しいわけではないけれど、部屋全体に漂う押しつけがましさというのか格好つけというのか、その種の自己顕示欲めいたものと一晩つきあわなくてはならないなんて御免被りたい。簡素なようでいながら実はその本質がかなりトゥーマッチだから、これでは心が安まらないではないか。そう思った。ロビーのあたりから薄々感じていたように、どうやらここは自分にとって得意ではないタイ...
ニューメキシコでは、「絵に描いたような」という常套句でしか表現できないたくさんの雲を眺め、毎日を過ごした
前日まで居座っていた低気圧の影響か、アルバカーキの空港に近づくとあちこちに分厚い雲の塊が見えてきたが、飛行機はそれを上手に避けるように旋回しながら高度を下げた。手荷物を受け取って建物の外に出る。大きな積乱雲が向こうに見えていて、その下が地上まで灰色に煙っていた。きっと雨が降っているのだろう。なのに、いま自分が立っている場所はきれいに晴れている。視野を遮るものが見当たらないので、空がとりとめもなく続いていくという感じだ。雲の形が面白い。空が広いからどんな巨大な雲も全体像が見えるのだ。いま眺めたばかりの雨を降らせている積乱雲は、距離にしたら東京から小田原あたりを見渡しているくらい彼方にあるのかもしれないと思った。どうやらニューメキシコでは、空という言葉で思い浮かべるスケールを、切り替えなくてはならないようだ。...
アルバカーキでホピ族のカチナをふたつ買った
いや、ホピ族のカチナなのかどうかはわからない。ズニ族のものという可能性だってあるだろう。そもそも専門家でもなんでもないわけだから、相手の言葉を信じるしかないのだ。店の主人によれば、どちらもホピのものらしい。...
オキーフの「PATIO DOOR WITH GREEN LEAF」という絵が好きだ